◆41 「二つの箱の謎」2006/08/30 魯ひとの云くPTAの新聞に載せた文章ですが… 最近、悲しいニュースが多いですね。やりきれない思いでいる時、古本市場で、ミヒャエル・エンデの『サーカス物語』という本が目に付きました。 ミヒャエル・エンデというと『果てしない物語』や『モモ』でご存じの方も多いと思います。『果てしのない物語』は映画化もされましたね。構成はファンタジーの部類に入ると思いますが、どれも人生のことをいろいろと考えさせてくれる名作ぞろいです。この場をお借りして、ちょっとこの『サーカス物語』をご紹介したいと思います。 ある売れない潰れかかったサーカス団の物語です。不運を愚痴っている団員たちのもとに、ピエロ役がサーカス団にとって願っても無いスポンサーを見つけてきます。契約を結べば、テントや車を新調することもできるというのです。 しかし、それにはひとつの条件がありました。それはサーカス団の中にいる知恵遅れのエリという少女を手放すことでした。そういう知恵遅れの少女がサーカス団の中にいるとスポンサーの商品のイメージが悪くなるというのです。団員たちは決断を迫られます。 そういう団員たちの心象風景が、ピエロのジョジョが語る劇中劇のようなもう一つの物語の中で展開されていきます。エリの化身となる王女とジョジョの化身であるジョアン王子のラブストーリーです。 二人は、二人の間を裂いている悪の化身である毒蜘蛛アングラマインと戦うのですが、クライマックスになる最後の戦いでジョアン王子は難問をアングラマインに突きつけます。 「ぴったり閉まった二つの箱がある。第一の箱のカギは第二の箱の中に、第二の箱のカギは第一の箱の中にある。暴力も謀略も使わずに、この二つの箱を開けられるか」 結局アングラマインは、この問いに答えられず、本性を現して自滅していくのですが、皆さんもこの謎に挑戦してみてください。 もったいぶらずに、答を明かしましょう。二つの箱とはエリとジョジョの二人のことだというのです。エリの心を開くカギは、ジョジョの心の中にあるし、ジョジョの心を開くカギはエリの心の中にあるというのです。ですから、二人は二人にとって絶対に壊してはならないかけがえのない存在なのです。 こうして劇中劇のラブストーリーは完結しますが、さて、現実に戻ってサーカス団の難問はどうなるでしょうか。契約書が団員一人ひとりに回覧されていきます。しかし、誰もそれにサインをしようとしません。どうしてでしょうか。仕事のないサーカス団にとってこんないい条件はありません。 しかし、団員たちは気がついたのです。一見何の役にも立たない知恵遅れのエリが、団員たちにとって、どれほどかけがえのない存在であるかを。 邪気のないエリの笑顔や、不安そうなエリの泣き顔は、ともすれば生活に追われてささくれた団員たちの心を、和ませ、活力をもたらし、人間性を取り戻してくれる不可欠の存在となっていたのです。 役に立たないどころか、エリはサーカス団で一番大切な役どころを担っていたのです。そのことに団員たちはあらためて気がついたのです。 ジョアン王子がアングラマインに突きつけた謎は、決して恋人同士の間だけに通用するだけではなかったのです。自分の周りにいる誰もが、誰もの心の扉を開くカギを皆一つづつ持っているのです。どのような人であろうと、皆、それぞれかけがえのない存在なのです。サーカス団員はそのことに気がついたのでした。 最後に契約書を手にした団員は、立ち上がって、その契約書を二つに引き裂き、四つに引き裂き、細かく引き裂いて火の中に投げ入れたのでした。 ミヒャエル・エンデ『サーカス物語』 矢川澄子訳 岩波書店
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