◆38 御書の真偽論について2006/05/23 魯ひとの云く日蓮の御書と呼ばれているものの中には、日蓮のものにあらざる偽書が含まれていることは、今日否定しようも無い事実である。しかし。私は信仰者や学会員が、『御書全集』に載せられている文献を、すべて日蓮の真撰の御書として、信仰の中で読むことを批判し、揶揄する気にはなれない。 信仰者が、あるいは一つの教団が、『御書全集』を根本経典にとして、そに収録されたものを、すべて日蓮の書として読むことは、信仰のあり方として、ごく自然なことである。これは日蓮が『開元釈教録』に登録された仏経典をすべて釈尊の直説と捉えて天台の五時教判を慣用した姿勢に通ずるものであろう。そこには経典の真贋論ではなく、経の内容を優先させるという積極的な精神が生きている。この判断を確立したのが中国の天台であった。 これは、経典の正確な文献学的情報が極めて少ない上に、経典の真偽、真贋論に埋没してしまい、肝心の経典の質、教義の高低浅深を問う姿勢から遠ざかってしまうことを避ける、きわめて全うな判断である。 経典の真偽、真贋というものは、それだけで延々たる専門的知識が必要であり、職人的な直感も必要となる。美術品の真贋でさえ、時に博物館に席を置く専門家が欺かれてしまっている。そこに宗教的なものが絡んでくると、ことはいっそう複雑となる。結果として、真贋の専門家に判定を委ねなくてはならなくなり、真贋の鑑定者が信仰者より権威を持ち、上位に立つという逆転した現象を生み出してしまう。 これはある意味で信仰の敗北である。これでは肝心の信仰を確立できないばかりか、むしろ多くの信仰者に迷いと混乱をもたらす結果となりかねない。 そういう意味で、多くの創価学会員の御書を読むスタンスは明確であり、文献学者しか分からない文献情報をもとに御書や経典を読むのではなく、日蓮や釈尊が立てた法を信受する立場から「依義判文」し、実践的に読み込み活用していこうという立場である。 依義判文とは、義によって文を判ずるということである。たとえ、そこに偽書や付加が紛れ込んでいたとしても、依義判文の立場から解釈をするので信仰生活の上で問題は起こらない。 たとえば、御書全集の中には、『出家功徳御書』のように出家僧を特別視するようなものがある。そのような考え方は他の御書に見られる日蓮の考え方とは大いに矛盾している。 しかし、この「出家僧」を仏教の実践者、如説修行する人と解釈することによって、実践の糧として読むことができるのである。事実、創価学会では昔から、この出家を折伏弘教に励む学会員のことと解釈し、そのように読んでたし、決して出家僧を特別視するような読み方はしてこなかった。 また、経典と言えば『出家功徳御書』には、次のような経文が引用されている。「大集経に云く『頭を剃り袈裟を著くれば持戒及び毀戒も天人供養すべし則ち仏を供養するに為りぬ』」と。これも無茶なもので、この『大集経』とても釈尊の直説とはいいかねる。しかし、日蓮はこの『大集経』を釈尊の直説として『立正安国論』などでも活用している。 とはいえ、日蓮の『大集経』引用には、『法華経』を根本として依義判文するという智慧を反映されているため、文章上にある破戒僧に供養するということが実際に行なわれたわけではない。むしろそのような破戒僧への供養を止めよというのが『立正安国論』の思想であった。 まして、日蓮の信奉者が、日蓮が示した方法論によって御書を読むことを誰が咎めることができるであろうか。 むしろ、自分で実際に文献にあたって研究したわけではなく、文献学者のいうことを盲目的に鵜呑みにして、他人の信仰を揶揄するだけでは、逆におのれ自身の足元が問われる結果となろう。 そもそも「真蹟至上主義」に立つならば、『法華経』の信仰も釈尊の信仰も成り立たない。『法華経』の「原本」なるものはなく、釈尊の「真蹟」なるものは一紙、断簡とて存在しない。すべて釈尊の時代から遠く離れた後世の「写本」をもとにしているに過ぎない。 大乗が非仏説ならば、小乗もまた非仏説、かの原始経典「スッタニパータ」だって、その写本は、いったい釈尊滅後、何年目に成立したというのであろうか。 ただ、一方で信仰者は、閉じられた信仰の世界に安住することはゆるされまい。信仰は信仰として、学問的なレベルでも研鑽してゆかねばならないことも事実である。信仰に対する幅広い理解の和を広げていくためには文献的研究も不可欠だからである。 そういう次元からは、先の『出家功徳御書』など、教義の本質に関わらない「疑書」は、いつまでも解釈の段階で処理するのではなく、明確に「偽書」として削除すべき時に来ていると私は思う。 もちろん、法門書や教義に関わる御書は、どこまでも慎重であるべきで、雑な判定を下すべきではない。 このような意味から、わたしは今回、自著『日蓮大聖人詳註年譜』(=未刊)を大幅に改訂し根拠の明確でないと考えるものはすべて外した。『御書全集』所載のものは、創価学会の信仰的立場を尊重して基本的に残したが、次の小品、消息を信ずるに足りないとして削除した。 ■『一念三千法門』 p412 ※源信『法華即身成仏要記』に極似するゆえ削除 ■『十如是事』 p410 ※源信『法華即身成仏要記』に極似するゆえ削除 ■『出家功徳御書』 p1251 ※「身は無智・無行にもあれ、形出家にてあらば、里にも喜び某も祝著たるべし」こんなことを日蓮大聖人は絶対にいわない。偽書説濃厚につき削除 ■『遠藤左衛門尉御書』 p1336 ※そもそも担ぎ出してきた大石寺が偽書として引っ込めたいわくつきのものであり、偽書説濃厚につき削除 ■『兄弟同心御書』 p1108 ※同じ池上兄弟あての八幡宮造営事 p1105 と矛盾し、日蓮大聖人が八幡宮造営を支持することはありえず、偽書説濃厚につき削除 ■『寿量品得意抄』 p1210 ※開目抄をもとに作られたことは明白であり、疑義濃厚につき削除 ■『小蒙古御書』 p1284 ※富城入道殿御返事(弘安役事)p993と矛盾する上、日蓮大聖人が蒙古襲来に関する門下の発言を封殺するなどありえず、疑義濃厚につき削除 なお、法門書については、先にも述べたが、わたしはもう少し丁寧で慎重な議論、研究が必要だと思う。自己の研鑽成果ならともかく、余所から借りてきた議論はごめん被りたい。 二箇相承については、小教団が生き残るために必要だったという歴史的経緯を尊重して御書全集に残すことに異存はない。ただし、こんなものを振り回しても笑われるだけであろう。いうならば富士門流の記念碑である。(このことは改めて述べる) 最後に述べておきたいことは、日蓮は中世人とはいえ、真偽論に無知だったわけではない。しかし真偽論よって『法華経』を第一としたのではなく、自ら『法華経』を体得することによって、『法華経』を第一としたのである。 (2007/05/16改稿)
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