◆28 紫陽花考2005/12/18 魯ひとの云く私はあじさいの花が好きで、この花の名をよく利用する。一般にも、「団結」とかのシンボルとして使われる場合が多い。私の町の「区の花」もあじさいだ。「小さな花が寄り集まって大きな花に…」ということだろう。しかし、私の思い入れは、それとは逆だ。 あじさいは、大きな花として、一くくりに扱われることが多いけれど、本当は、小さいけれど、個性、色彩豊かな一つ一つの花が、力一杯咲いているからこそ、鮮やかで色彩に富んだあじさいの風情があるのだ。という思いである。 ともすれば、集団のなかに、社会のなかに埋没してしまう一人ひとりの人に光をあてよう、一人ひとりをもっと大切にしようというのが、我が「からぐら文庫」の心でもある。 あじさいは、また「紫陽花」とも書かれる。この名の発案者は唐の詩人、白楽天だ。 「人間(じんかん)に在りといえども 人識(し)らず 君に名づけて紫陽花となす」 「人間」とは世の中、社会のこと、その中で咲いているから、その花のことは、皆見知っているはずなのに、じっさいは何も見ちゃいないのだ。本当のことは誰も知ろうとしない。そんな可憐なあなたのために「紫陽花」の名をささげよう。色彩ゆたかに輝く花と… 白楽天の見た花が、日本のあじさいと同じなのかは、私は知らない。しかし、白楽天の優しい心が伝わってくる。たとえ花の種類が違っても、我が日本のあじさいに「紫陽花」と名づけても誰も文句をいうまい。 ところで、私は「団結」という言葉が嫌いなのではない。しかし、声高に「団結」が叫ばれる時、正直なところ一抹の違和感をも覚えるのである。いま時代は、大衆翼賛の時代…。ちょっと人と変わったことをする人を「変質者」「敵対者」と名づけ、監視していくような殺伐とした風が吹いている。 ああ、もっと優しくなれないものか。私は、自立した人々のゆるやかなつながり、「連帯」を志向する。
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以前、ブログに「紫陽花考」という一文を書いたが、その中で、白楽天が名付けた「紫陽花」と日本の「紫陽花」が同じ花であるかは知らないと書いた。 別の花であるという説があったので、そのように書いたのだが、真相がわかった。日本の「あじさい」が中国に伝わり、それを見た白楽天が「紫陽花」と名付けたのである。 そのことを作家の陳舜臣さんが朝日新聞のコラム「一衣帯水」に書いているので、記録の意味でその部分を抜書きして引用する。 引用-------------------- 遣唐使の時代から、浙江の明州(寧波)は日中交通の一拠点であった。唐の白居易は長慶二年(八二二)から三年足らずのあいだ、杭州の長官をしていた。彼は杭州招賢寺で清楚な紫色の花を見た。誰にきいてもその花の名を知らない。そのはずで今まで中国にない花で、日本原産のあじさいだった。それでは、私が「紫陽花」と名前をつけましょう、白居易は言った。詳細は「白氏文集」にみえる。おそらく寧波に上陸した日本人の衣服か荷物についた種が芽生えたのであろう。 日本の五島から中国の舟山までほんとうに近い。一衣帯水(一つの帯のように狭い水)といわれるが、あじさい以外にも、数多くの交流の物語があるだろう。 (朝日新聞〈大阪〉2006/07/06E) --------------------引用 ブログ・indexへ | |