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虚構と真実 2008/02/22





★からぐらの風 #0049 --------------------------------------2008/02/22
----☆虚構と真実☆----------------------------------------------------

 日蓮のいた中世社会においては、『源氏物語』の知識がインテリたちの必須の教養となっていた。と同時に、『源氏物語』を書いた紫式部が地獄に堕ちたという話が広く語られていたようである。じつは、このことが日蓮と法華経を考える上で、重要なヒントを提供してくれる。

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 中世人の教養がどういうものであったかについては、鎌倉時代に編纂された百科全書『拾芥抄』によって知ることができる。例えばそこでは、『源氏物語』の各巻のタイトルが第一巻の桐壺から三十九巻の夢の浮橋までフリガナ付きで列挙してある。おそらくは当時の公達や御曹司たちは必死で覚えこんだことであろう。

 また、紫式部が地獄に堕ちたという話は、日蓮も手にしたと思われる平康頼の著になる説話集『宝物集』に見える。

 「されば妄語のつみにおちたるものども、とをきはさしをき、ちかく証拠を申べし。紫式部そらごとをもつて源氏物語をつくりしゆへに、地ごくにおちて苦患をうくる。はやく源氏をやきすてて、一日経をかきとぶらふべしと人の夢にみえける。歌読どもあつまりてとぶらひし也」(宝物集三巻本、易読魯ひと)

 同じく鎌倉時代の藤原信実が編んだとされる説話集『今物語』にも、この話が見える。引用略。江戸時代頃まで、じっさいに歌人たちが集まって紫式部の供養を行なっていたようである。

 さて、ここからが本題。

 紫式部が『源氏物語』を書くにおいては、法華経を意識していたことは、その巻数からして知れるし、後半の宇治十帖は、『摩訶止観』の巻数に合わせたとされる。また『源氏物語』の大胆な構成(虚構)は、法華経の方便思想と無関係でないだろう。

 法華経の方便思想とは、真実は方便の中にあり、方便なくして真実は語れないとする思想である。その思想の上で、法華経の霊山および虚空会の説法が展開されるのである。いうならば法華経は壮大な虚構の上に成り立っている。(ここまで言い切ってしまえば、あるいは読者からお叱りを受けるであろうか)

 紫式部もまた『源氏物語』の蛍の巻、雨後の品さだめのくだりで光源氏に「『日本紀などは、たゞ、片そばぞかし。これらにこそ、道みちしく、くはしき事はあらめ』とて、わらひ給ふ」と語らせている。

 ここで言っていることは、人の世の真実は、歴史書に書かれてあることなど、ほんの断面に過ぎず、真実は物語(虚構)の中でしか表現できないとしているのである。この発想は法華経に由来するものでなくて何であろうか。

 この理解の上で紫式部が地獄に堕ちたということを考えるとき、ならば法華経もまた地獄に堕ちたとしなければならない。いや、決して冗談を述べているのではない。わたしが言いたいのは、虚構を使うならば使うで、どこかでその帳尻を合わさねばならないということである。

 虚構は、ひとり法華経のみにあるのではない。大乗仏教そのものが虚構の上に乗っかっている。(これは大乗仏教の否定ではない。上座有部との熾烈な論争がそこに反映されていることはしばらく置く)

 大乗仏典が阿難尊者に仮託して「如是我聞」というのは事実ではない。釈尊による二乗弾呵も事実ではない。声聞とは、本来仏の声を聞く者、つまり仏の弟子という意味である。釈尊の指導通りに実践し、修行に励んでいる者を釈尊が弾呵し愚弄すれば、釈尊自身が大嘘つきになってしまう。釈尊こそが地獄に堕ちねばならない道理である。

 じつは、本来、法華経こそ、この大乗仏教のジレンマを解決すべく編まれたものであったと私は理解している。法華経の二乗作仏の意味はそこにあったと考えている。法華経がこの問題と正面から向き合ったが故に、十如実相の真実をつかみえたのだと考えている。

 日蓮もまた、このジレンマに気がつき苦悩(今はあえてこの言葉を使う)したのではなかったか。そのことが開目抄にはリアルに表現されている。

 「只だ詮ずるところは我が御弟子を責めころさんとにや」(s546.02,h531.12,p193.09)

 ただ法華経の矛盾は虚構を排するのにより大きな虚構を構えねばならなかったことであろう。

 「教主釈尊の御語すでに二言になりぬ。自語相違と申すはこれなり」(s547.02,h532.04,p194.01)

 それを解決するために多宝仏を出現させ、分身諸仏に長広舌相を出させるという途方もない話に発展する。しかし、それを単に虚構として笑うことはできない。結果として、それが虚空会という世界を呼び出させていくのである。

 誤解を恐れず言えば、その虚空会の説相が単に虚構として、笑い飛ばせない説得力があるからこそ、法華経が広く流布し、天台教学が立ち上がり、日蓮の新展開があったとは言えよう。日蓮の顕わした本尊はまさにこの虚空会の説相を図顕したものであった。

 しかし、日蓮の思想が、さらに広く普遍性を獲得し、未来に向かって説得力を持つためには、虚空会をただ真実と言いつのるだけでは、ここにあるジレンマは解決しない。また法華経も完結できないと思われる。真実を顕わすためとはいえ虚構(方便)を用いたということの清算が済んでいない。ここを済まさないことには、久遠実成も二乗作仏も大乗興起も虚構性から脱し得ないのである。

 だから日蓮は法華経身読の上で、法華経文上から文底への転回を試みたと私には思われる。そして、もし、その文底が、特権者の秘密の相伝の世界に再び閉じ込められてしまうのであれば、日蓮の身読は何の意味も持ち得ない。

 そうではなく、日蓮のいう「文の底」とはもっと普遍的で開かれた法華経の「文・義・意」の「意」にあるのではないか。つまりは法華経の本意、法華経の心である。

 その法華経の心を生身(なまみ)の日蓮が体を張って獲得したという以外に、法華経の虚構性を脱する道を私は見出せないのである。

 結論して言うならば、日蓮によって、法華経の心も、ブッダの心も蘇ったのだと私は思う。

 さて、結論が出たところで、地獄といえば、日蓮はこんなすばらしい言葉を残している。

 「日蓮と殿と共に地獄に入るならば、釈迦仏・法華経も地獄にこそをはしまさずらめ」(s1394.14,h1173.03,p1173.05)

----☆補足および参考資料☆--------------------------------------------

 『源氏物語』は、表面的に読めば、光源氏の女性遍歴にすぎないが、そんなことのために紫式部が情熱を注いだわけではないだろう。法華経や摩訶止観を意識し、あえて虚構の世界を組み上げて描こうとしたものは決して浅薄なものではありえない。少なくとも魯ひとは、そこにエロスと権力の本質への鋭い洞察を感じ取っている。

 『拾芥抄』については、拙著『日蓮自伝考』p148 にも紹介している。近代に出版されたものはないが、江戸時代には刊本として発行されている。また京都大学のサイトでは全巻(全六巻)画像として公開されている。大部ではあるが、魯ひとは全巻プリントアウトして和綴の四冊本にして活用している。

 『宝物集』については、これも国文学研究資料館のサイトで画像データベースのうち、館蔵和古書画像データベース(試行版)に三巻本の寛文年間の刊本が写真版で試験公開されている。ただ旧かな(変体かな)なので、一般には読めないと思うが変体がなの学習にはもってこいだろう。

 『今物語』については、群書類従巻第四百八十三にあるが、今なら易読文が個人サイトで公開されているので必要な人はネット検索されたい。

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