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「進退惟れ谷まれり」 2008/02/12





★からぐらの風 #0044 --------------------------------------2008/02/12
----☆「進退惟れ谷まれり」☆------------------------------------------

 レター42号に関して、読者より異見が寄せられている。大変ありがたいことで、触発されて、さらに思索を進めることができた。直接メールでの応答をも考えたが、公開した文章に対するコメントなので、ここで応答した方が誤解がなくてよいと思われる。異見というのは、私の「絶望」という言葉の使い方に関するものである。

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 どうも私は「絶望」という言葉を多用しているようで、先輩方からも「学者はそんな主観的な言葉は使わんぞ」と注意を受けている。「宗教者に、特に日蓮には絶望などと言う言葉は似合わん」とも言われている。

 しかし、「絶望」が絶望に終わっては何も開けないが、時に深い絶望感が、次の大きなステップになるということも事実である。世の辛酸を嘗めた人の方が味わいのある人格が形成されている。

 日蓮の出発点は、「末法」という絶望の時にあった。同時代の禅宗の道元などのように「末法などない」とする生き方もあったはずである。しかし日蓮は、むしろ「末法思想」に埋没している当時の民衆の側に身を置き、民衆の持つ絶望感をバネにして、そこから立ち上がることを教えたように思われる。

 前置きが長くなった。読者の異見というのは、(引用許諾済み)

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「法華経は言葉に絶望している」のではなく、言葉の限界をしりつくしそこから出発しているのではないでしょうか?無量義経や竜樹のように否定形でしか仏の生命を語れないというのはそのあらわれでは?
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 あるいは、読者の表現の方が客観的で洗練されているかも知れない。しかし、魯ひととしては、あえて「言葉の限界」という表現は使いたくない。人それぞれ「表現力」の限界はあっても、「言葉の持つ可能性に限界はない」と思われる。「言葉の限界をしりつくし」ということも、誰も検証のしようがないのではなかろうか。

 「否定形」もまた、言葉の一つの表現方法である。むしろ法華経の表現力の豊穣さには眼を見張るものがある。論理だけではなく、多くの譬喩を駆使し、時に因縁話を交え、極め付きは壮大な宝塔であり、虚空会の説相である。まるで妄想とも思えるような表現のなかに、妄想として一蹴してしまえない強い説得力を感じさせてしまう。これも言葉の力であり、言葉なくして伝えられないものである。

 千部の論師と言われた竜樹の言葉の世界もまた、潤沢であり、中論などは、その論理的表現力に圧倒されてしまう。「大智度論千巻」は鳩摩羅什のハッタリだとしても大智度論百巻の存在は竜樹の影響を否定できないであろう。

 法華経も竜樹も、また日蓮も禅僧のように「○」一文字を書いて澄ました顔をしてはいなかったのである。彼等はどこまでも言葉の可能性を信じて、言葉を綴ることを止めなかったのである。

 言葉の無限の可能性を信じるところに、文学が生まれ、経典が生まれ、文化が形成されたのだと私は思う。

 さて、タイトルに戻る。

 「進退惟れ谷まれり」は観心本尊抄に見える日蓮の言葉である。「しんたい、これ、きわまれり」と読む。同種の表現は観心本尊抄以外にも報恩抄等他御書に多く散見される。これは日蓮の口癖のようなものであり、ここに取り上げたのは日蓮の言語観が現れているように思われるからである。以下、文脈ごと引いてみよう。

 「重ねて問うて云く、如何。
 答ふ、之れを宣べず。
 又重ねて問ふ、如何。
 答へて曰く、之れを宣ぶれば一切世間の諸人、威音王仏の末法の如く、又我が弟子の中にも粗ぼ之れを説かば皆な誹謗を為すべし。黙止せんのみ。
 求めて云く、説かずんば汝慳貪に堕せん。
 答へて曰く、進退惟れ谷まれり。試みに粗ぼ之れを説かん」
(s718.12,h660.02,p253.02)

 これは言葉遊びではない。誹謗を恐れているのでもない。これは師弟の間に横たわる言葉の理解力の差(それは同時に境涯の差でもあろうが)という深淵を日蓮は覗いているのである。

 「説くことによって、却って弟子たちを迷わせてしまうかも知れない」それが師日蓮をして逡巡させているのである。「きわまる」に「谷」という字を当てているのは、進むに進めず、引くに引けない心境を表現しているものと思われる。

 では、その逡巡をあえて、言葉遊びのようにして文章に綴るのは何ゆえであろうか。思うに、明らかにこれは、ここで日蓮は弟子たちに一呼吸つけさせているのである。

 けっきょく、弟子たちの気持ちを十分に引き締めた上で、重要な法門を説くということであろう。法華経方便品の三止四請もそういう意味があろうし、寿量品の三請不止ということもそうであろう。

 このような逡巡は、日蓮の立教開示の前にもみられたことで、この事は後の開目抄で回想されている。

 「日本国に此れをしれる者は、但だ日蓮一人なり。これを一言も申し出すならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来たるべし。いわずば慈悲なきににたりと思惟するに(中略)今度強盛の菩提心ををこして退転せじと願じぬ」(s556.13,h538.18,p200.09)

 そしてこのような法を語りだす直前におけるブッダの根本逡巡は、原始仏典にも成道直後の梵天勧請という形で記されている。

 サンユッタ・ニカーヤII 岩波文庫『悪魔との対話』p83(引用略)

 そして興味深いことに、この根本逡巡と梵天勧請の話は、法華経方便品にも直接載せられているのである。

  我れは始め道場に坐し 樹を観じ亦経行して
  三七日の中に於いて 是の如き事を思惟しき
  我が得る所の智慧は 微妙にして最も第一なり
  衆生の諸根は鈍にして 楽に著し癡に盲いられたり
  斯の如きの等類 云何がして度す可きと
  爾の時に諸の梵王 及び諸の天帝釈
  護世の四天王 及び大自在天
  並びに余の諸の天衆 眷属百千万は
  恭敬合掌し礼して 我に法輪を転ぜんことを請す
  我即ち自ら思惟すらく 若し但だ仏乗を讃めば
  衆生は苦に没し 是の法を信ずること能わじ
  法を破して信ぜざるが故に 三悪道に墜ちなん
  我れは寧ろ法を説かず 疾く涅槃にや入りなん
  (以下略)(法p140)

 このようにしてみていくと、法華経はその表現のオーバーさに関わらず、原始仏典とダイナミックにつながっていることに気がつく。
 日蓮の発迹顕本もまた、超人日蓮へではなく、インドの大地を裸足で歩いていた生身(しょうしんではなく、なまみ)のブッダへの回帰であったと思われてならないのである。

 日蓮やブッダが覗いていたのは、衆生の心の闇である。絶望の如き深淵である。その前においては、いかに日蓮、いかにブッダたりとも逡巡もしよう。

 その絶望の逡巡を払ってブッダも、法華経も、日蓮も語り始めたのである。

 あえて魯ひとが「絶望」という言葉を使う所以である。ご理解を乞う。

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魯ひとへのメールは :
https://sv21.wadax.ne.jp/~ginpa-com/cp-bin/phpformmail/


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