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日蓮の身体観 2007/12/10





★からぐらの風 #0036 --------------------------------------2007/12/10
----☆日蓮の身体観☆--------------------------------------------------

 日蓮への考察は、単に専門の学者や日蓮の信仰者ばかりではなく、広く他の分野からのアプローチがあっていいと思う。今回取り上げるのは解剖学者の養老孟志氏の『日本人の身体観の歴史』(1996年、法蔵館)である。養老氏は、この著作において日蓮の身体観について言及している。氏の見解は辛辣である。

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 ただ、おしむらくは、養老氏が分析に使ったのは「色心二法抄」で、これは日蓮の著作とはいえない。少なくとも、そこに書かれていることが日蓮の思想とはとてもいえないものである。

 「色心二法抄」のテキストの検証は後で述べるとして、まずは養老氏の所説をみてみよう。養老氏が引く文は次の箇所である。

 「然るに我身をささへたる骨は北方釈迦如来なり。我身をぬへる筋は東方阿シュク如来なり。我身をウルオせる血は南方宝性如来なり。我身を裹める肉は中央大日如来なり。我身を覆へる皮は西方阿弥陀如来なり」(s1950.10,h22.16,p_)

「此の身に天地一切の諸法を備へて、万事にかたどれり。故に弘決の六に云く頭の円なるは天なり。足の方なるは地なり。身の中の空種は則ち是れ虚空なり。腹の中の熱きは春夏なり。背の剛きは秋冬なり。四体は四季なり。大骨の十二は十二月、小骨の三百六十は一年の三百六十日なり」(s1950.14,h23.01,p_)

 「但だ此の身は何よりか生ぜる。東西南北中央の五方、天地・陰陽・日月・五星より生ぜり。彼の天地・陰陽・日月・五星は又何よりか生ぜる。彼の法は万法能生の体にして、過去にも生ぜず、未来にも生ぜず、故に三世常住なり。東西南北中央の五方、日月五星は始たる体にあらざれば又我身も不生の身なり」(s1949.11,h22.06,p_)

 これに対する養老氏の評言が「日蓮は、構造的な観点からの自己相似が、どうも得意ではなかったらしい。沢庵の場合には、天地の方位と身体の向きを、なんとか合わせているが、日蓮にはそれがない。身体を分解して、それぞれの構築要素を方位と合わせてしまう。これは、日蓮という人物が、その思想においては、視覚的というよりは、聴覚―運動系の人でなかったか、ということを示唆する」同書204頁

 「視覚的要素の強い人であれば、自己相似は視覚の中で閉じられる。つまり、形の中に、さらに同じ形がある。という発見となる。そこに数学的な自己相似が発生する。日蓮のように、骨、血、筋、皮膚と方位とを混同することは、そうした思考にはあまりないはずである。自己相似のような、天地と身体の視覚的、構造的相似の存在に、日蓮は気づいていないか、あるいはそうした相似をあえて問題にしていない」同書205頁

 ここで「視覚的でない」というのは、自分の眼でものを見て、そこからイメージをふくらませていかない、とういことであろうか。「聴覚的」とは自分で見たことより人から聞いた話(経典に描かれているイメージ)を大切にするということと思われる。もしそうだとしたら思想家日蓮にとって大変な酷評ということになる。

 しかし、先にのべたように、この書に述べられていることは、日蓮の思想ではなく、むしろ日蓮が乗り越えて行った当時の台密教学といえる。日蓮が「色心二法抄」にみられるように自らの皮膚が阿弥陀如来だという認識に立つことはありえないことである。わが身の肉体が大日如来だというような観念はありえないことである。

 「色心二法抄」は上代の日春の写本があって文献の信頼度は高いとされるが、日蓮の書であるという証明は何らなされていない。矛盾があっても証明ができないから、日蓮の立教開示以前の書とされるのである。立教以前に置かれると、もはや検証のしようがなくなる。ゆえにこのような文献でもってする日蓮の思想の考察は著しく妥当性を欠くといわねばならない。

 いま、日蓮が視覚的でないという評言は、日蓮の自然に対する瑞々しい観察眼を示すことによって覆すことができると思う。たとえば馬好きであった日蓮は飼い馬をよく観察しており、その的確な表現は聞いた話や書物からの知識ではとても書けないことである。

 諫暁八幡抄「夫れ馬は一歳二歳の時は、設ひつがいのび、まろすねにすねほそく、うでのびて候へども、病あるべしとも見へず。而れども七八歳なんどになりて、身もこへ、血ふとく、上かち下をくれ候へば、小船に大石をつめるがごとく、小さき木に大なる菓のなれるがごとく、多くのやまい出来して、人の用にもあわず、力もよわく寿もみじかし」(s1831.03,h1530.04,p576.04)

 また日蓮の身体観をみるというならば、やはり日蓮の残した確実な文献に依らねばならない。次のような日蓮の文がある。

観心本尊抄「妙覚の釈尊は我等が血肉なり、因果の功徳は骨髄に非ずや」(s711.13,h653.07,p246.17)

 要するに日蓮は、自ら弘める法、南無妙法蓮華経を自らの五体の上にイメージしていたのであり、決して色心二法抄のような台密思想の上に乗っかるものではありえない。

 このことはまた、日蓮の図顕した曼荼羅本尊を実見すれば明らかである。中央首題の南無妙法蓮華経の文字はじつに伸びやかな雄渾な筆致で書かれており、それは人の五体をイメージしていることは容易に見て取れる。

 日蓮の門下が日蓮に肉薄することによってできた「御義口伝」には、次のような言葉がある。

御義口伝「我等が頭は妙なり、喉は法なり、胸は蓮なり、胎は華なり、足は経なり。此の五尺の身は妙法蓮華経の五字なり」(s2615.11,h1728.05,p716.10)

 このイメージはあきらかに日蓮の曼荼羅本尊と照応するものであろう。日蓮の思想となんら矛盾しない。日蓮が曼荼羅本尊を図顕したのは視覚イメージを大切にしたからである。この面でも養老氏の考察は外れていると言わねばならない。

 その他、妙楽の文句記からの引用であるが、日蓮の身体観の上で一考を要する文として次のものがある。以下の三つの文献はいずれも日蓮の真蹟が現存する。

秀句十勝抄「記の十に云く『然るに此の経は常住仏性を以て咽喉と為し、一乗妙行を以て眼目と為し、再生敗種を以て心腑と為し、顕本遠寿を以て其の命と為す』」(s2365.06,h1330.12,p_)

御衣並単衣御書「此の仏は再生敗種を心符とし、顕本遠寿を其の寿とし、常住仏性を咽喉とし、一乗妙行を眼目とせる仏なり」(s1111.09,h908.09,p971.08)

諫暁八幡抄「妙楽云く『然も此の経は常住仏性を以て咽喉と為し、一乗の妙行を以て眼目と為し、再生敗種を以て心腑と為し、顕本遠寿を以て其の命と為す』等云云」(s1841.05,h1537.05,p582.18)

 日蓮の思想を考察するためにはテキスト批判は不可欠である。

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