他の記事を読む

日蓮とジェンダー(その3) 2007/12/07





★からぐらの風 #0034 --------------------------------------2007/12/07
----☆日蓮とジェンダー(その3)☆------------------------------------

 このテーマについては、つとに末木文美士氏や植木雅俊氏がその著作で見解を発表している。魯ひととしては、次期作『日蓮弟子考』の一環として、女性信徒についての考察の中で論じるつもりで暖めていたことでもあったが、二番煎じになることを恐れて著作の構成からはずすことにした。だだ、時代背景の探索など、魯ひと独自の見解があるので、このレターで提示することにしたものである。

--------------------------------------------------------------☆☆----

 たとえば末木文美士氏は『日蓮入門』(2000年ちくま新書)において簡潔にして要をえた論評をしている。また植木雅俊氏には『釈尊と日蓮の女性観』(2005年、論創社)がある。植木氏にとっては、ジェンダーの問題は年来のテーマであり学位論文もこのテーマであった。

 ジェンダーは植木雅俊氏の定義によると「『生物学的性差』(sex)に対し、『歴史的・文化的に形成された性差』を示す語として『ジェンダー』(gender)が用いられるようになった」(同書一八頁)としている。

 先行論文として、この二つを紹介しておきたい。

 このなかで、両氏とも日蓮の女性観を知る決め手として挙げているのが「月水御書」である。そうして、日蓮が女性の生理の問題に関しても中世という時代を超えた先進的な認識をもっていたことを指摘している。

 「月水御書」は大学三郎(比企能員ではない)の妻への書簡である。当時は、月水(女性の生理)は忌むべきものとされているなかで、生理の時の勤行や仏事はどうすればよいのかという彼女の質問に答えて、月水は自然の摂理であるから忌むべきものではないと明快に答えたものである。

 月水御書「日蓮粗ぼ聖教を見候にも、酒肉・五辛・婬事なんどの様に不浄を分明に月日をさして禁めたる様に、月水をいみたる経論を未だ勘へず候なり。在世の時多く盛んの女人、尼になり、仏法を行ぜしかども月水の時と申して嫌はれたる事なし。是をもつて推し量り侍るに、月水と申す物は外より来れる不浄にもあらず。只だ女人のくせ・かたわ、生死の種を継ぐべき理にや。又長病の様なる物なり。例せば屎尿なんどは人の身より出れども、能く浄くなしぬれば別にいみもなし。是体に侍る事か。されば印度・尸那なんどにもいたくいむよしも聞えず」(s291.08,h304.05,p1202.10)

 ただ、末木、植木両氏とも、当時の人々の一般的な認識がどういうものであったかを具体的に提示していない。こういう場合はやはり対比史料が必要であろう。また、魯ひととしては、日蓮がいかに卓抜していたかということよりも、むしろ中世社会のなかで日蓮が何故このような認識に立てたのかということに注目したいと思う。

 歴史的には、女性を不浄なもの、穢れたものとみる観念は、古代より中世、近世から近代に至るまで一貫してあったと思われる。また現在社会でさえ、伝統を重んじる日本相撲協会などでは、未だに女性を不浄として土俵を踏ませないとしている。そういう不浄観念が出来上がった根っこにあるのは月経の問題であったろうと思われる。視覚的なものもあって具体的にイメージが焼き付けられやすいからであろう。

 日蓮と同時代で、大きな影響力をもっていた知識人として、説話集『沙石集』で著名な無住{注01}がいる。この人は女性のための啓蒙書として「妻鏡」{注02}という仮名法話{注03}を残している。そこに当時の知識人の女性観をみることができる。

 無住は南山律の道宣{注04}が立てた「女人に七種の科」を引いている。その七番目は次のようになっている。「七には、身常に不浄にして、虫血しばしば流出。懐妊産生けがらはしく、月水胞胎不浄なる、是を見て悪鬼は競ひ、善神は去り。愚人は愛し、智者は憎」と。無住はこれら七つの科を受けて「女人罪重事を知なば、心を改めて、一旦の夢の世の名利の営みを捨て、生々世々に身を助くべき仏法修行に趣くべし」と結論づける。女人は罪深い身であるから仏道修行にいそしんでその罪業を消すべきであるという論法になっている。

 無住ほどの知識人でも、そのような視覚イメージから来る固定観念に縛られているのである。生理学的な知識がない中世社会では、それは止むを得ないとしても、日蓮がそこから脱しえたのはなぜであろうか。

 おそらく日蓮は、「五障三従」{注05}を建前とする社会の中で疎外され、苦悩していた多くの女性を見てきたのであろう。日蓮はいう「苦の衆生とは何ぞや、地獄の衆生にもあらず、餓鬼道の衆生にもあらず、只女人を指して苦の衆生と名けたり。五障三従と申して、三つしたがふ事あり、五つの障りあり。竜女は、われ女人の身を受けて女人の苦をつみしれり、然れば余をば知るべからず、女人を導かんと誓へり」(s52.08,h52.11,p389.11=主師親御書)と。

 これが法華経弘通にかけた日蓮の誓願としてあったろうことは、その行動から十分に窺えることである。日蓮が女性信徒に語る切々とした語り口は、単に女性だけではなく、多くの男性の心をも捉えて止まないものがある。愛しい我が子を亡くした光日尼や、南条五郎の母尼に語りかける書簡はその最たるものであろう。ここで解説するよりは原文{注06}の一読をお勧めしたい。

 こういう場合、日蓮は、決して叱咤激励して信仰を説いているわけではない。共に泣き、女性たちと同苦{注07}しながら心を癒し、女性たちの生き抜く力を引き出していったのである。やがて彼女たちは、息子の死から立ち直っただけではなく、五障三従の呪縛を打ち破って自立した女性へと飛躍していった。そういう光日尼へ日蓮が送った素晴らしい文面が残っている。「三つのつなは・今生に切れぬ。五つのさわりは・すでにはれぬらむ。心の月くもりなく、身のあか・きへはてぬ。即身の仏なり。たうとし、たうとし」(s1795.03,h1497.03,p934.14)と。「即身の仏なり」とはこれ以上の賞賛の言葉があるだろうか。

 なお、引用した「月水御書」「主師親御書」の文献学的な地位に関しては、若干の注意が必要と思われるが、それぞれ信頼できる「唱法華題目抄」「法華経題目抄」と思想内容を同じくしており、かつ教団原理{注08}もみえないので、日蓮の思想を語る上で両書を使うことは特に問題はないと判断し、日蓮の書として用いることにした。

----☆注記☆----------------------------------------------------------

{01}『沙石集』で著名な無住……無住は鎌倉後期の僧、『沙石集』十巻は、弘安二年に書き始められた仏教関連の説話集。広く読まれ、大きな影響を与えた。『日本古典文学全集/第五二巻』二〇〇一年、小学館刊。

{02}「妻鏡」……無住の晩年の女性への法話をまとめたもの。『日本古典文学大系/仮名法話』一九六四年、岩波書店刊、所収、引用箇所は一七六頁。

{03}仮名法話……中世の寺院で信徒に語られていた法話を仮名混じりの文章にまとめたもの。

{04}南山律の道宣……七世紀中国唐代の南山律宗の祖であるが、日蓮の同時代、戒律復興運動の中で取り上げられることが多かった。日蓮も、観心本尊抄、撰時抄、報恩抄などで引いている。

{05}「五障三従」……女性には、梵天・帝釈・魔王・転輪聖王・仏に成れないとする五つの障害や、年齢とともに親・夫・子に従わねばならぬとした思想。法華経はそれからの脱却を説いていた。

{06}原文……「上野殿母御前御返事(四十九日御書)」(s1810,h1507,p1568)、「光日房御書」(s1152,h958,p926)などを読まれたい。

{07}同苦……同苦とは、いわゆる同情ではなく、その人の苦を我が苦として共に苦しむこと。「涅槃経に云く、一切衆生異の苦を受くるは悉く是れ如来一人苦なり等云云。日蓮云く、一切衆生の同一苦は、悉く是日蓮一人の苦と申すべし」(s1847.13,h1541.17,p587.08)

{08}教団原理……偽書類に多く見られるもので、寺院など教団経営に都合のよい発想をいう。

--------------------------------------------------------------☆☆----
_/_/^/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/~/_/_/

(ー_ー).。o○
からぐら文庫 : http://www.ginpa.com/karagura/
魯ひとへのメールは :
https://sv21.wadax.ne.jp/~ginpa-com/cp-bin/phpformmail/


●関連記事



    からぐらの風・indexへ