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『立正安国論』にみる平和への視点 2007/08/15





★からぐらの風 #0030 --------------------------------------2007/08/15
----☆『立正安国論』にみる平和への視点☆------------------------------

 一口に仏教は平和主義だというけれど、単なるスローガンではなしに、「では、ブッダや自らの祖師なりが、戦争と平和というものを、どのようにとらえていたのか」ということを、この八月十五日を機会に考えてみるのもよいのではなかろうか。「われらが日蓮は如何なりや」と。今回は日蓮が掲げた代表的著作たる『立正安国論』から、日蓮の平和への視点をみてみることにしよう。

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 とはいえ、日蓮は今日的な言葉で、平和や戦争を語っているわけではない。日蓮は中世人であって、その時代の言葉で語っている。だから今日の平和論の文脈で日蓮の『立正安国論』が取り上げられることは極めて少なかったのではないだろうか。

 日蓮は、災難及び戦争が起る理由として次のように語っている。

 「世皆正に背き、人悉く悪に帰す。故に善神は国を捨てて相い去り、聖人は所を辞して還りたまわず。是を以て魔来り鬼来り、災起り難起る。言わずんばあるべからず。恐れずんばあるべからず。」(s209.14,h234.16,p17.15)

 この文がどうして平和論なのか。短気を起こさず、しばらくお付き合いを願いたい。この文を大石寺日寛は災難の起こる原因を説く文として整理しているが、災難の最たるものとして戦争をとらえるならば、より問題がはっきりしてくる。古い日寛の文段を引き合いに出したのは、視点をはずさないためである。しかし、それに拠るのではなく、もっと今日的な問題意識で皆さまと一緒に読んいきたいと思う。この文には三つの視点が示されている。

1、「善神捨国」 …万民の業感に由る故(日寛)。
   = 民衆自身の活力、生命力の低下。

 まず、災難や戦争が起こるのは「善神は国を捨てて相い去」る故であるという。これを日寛は「万民の業感に由る故」と解釈しているが、今日的な言葉で「善神」とは国土や社会の活力と理解することができ、それが「去る」とは、民衆自身の活力、生命力の低下ととらえることができると思う。日寛のいう「万民の業感」とはそういう意味であろう。民衆自身の活力が低下するがゆえに権力者に利用され戦争に引き込まれてしまうといえないだろうか。

 もともと民衆の「民」の原義は奴隷のことであり、その文字の成り立ちは、目を針で突くことの象形であるという(白川静『新訂字統』2004年、平凡社刊参照)。捕虜から視力を奪い自由を失わせて奴隷として使ったことからきている。

 また、『立正安国論』には『仁王経』を引いて「若し出でて人と為らば兵奴の果報ならん」(s225.14,h249.14,p32.07)という文がみえる。人と生まれてきても「兵奴」にされてしまうというのである。「兵奴」とは言いえて妙である。兵士は命令によって動かされていく存在である。では最も有能な兵士とは何か。それは黙って命令を遂行する者のことであるとされる。決して映画のシュワルツネッガーのような体格や運動神経の持ち主のことではなかった。

 権力者にとって、文句を言わず、黙って命令を遂行する者ほど都合のよい存在はあるまい。私たちは、決してそのような兵士・兵奴になってはならないのであって、戦争を抑止するためには、民衆自身が自立した判断力と行動力をもつことが必要ではないかと思う。ここでいう民衆の活力とは民衆の自立力のことでもある。

 では、民衆の活力、自立力を知るバロメータは何か。それは民衆が自らの欲求不満をどこで解消しようとしているか。不満の捌け口をどこに向けているかをみればよい。

 たとえば民衆がその不満を自らよりも弱い立場にいる人や、社会的弱者、社会的にマイナーな立場の人に向けている時はどうか。民衆の活力は、まさに弱肉強食の畜生界のように低く、結果として、権力者によって家畜のように扱われてしまうことになる。

 あるいは、不満の捌け口を外に向けている時はどうか。この時も、民衆には権力者の姿がみえていない。だから、権力者は仮想敵を作って、常に民衆の目を外へ向けようとする。こういうところでは、決して健全な自立した民衆は育たないと思う。

2、「聖人辞去」 …国王の理に背く故(日寛)。
   = 政治に道理が立たない。→ 力の論理。

 災害や戦争が起こる二つ目の理由「聖人は所を辞して還りたまわず」と。私は「聖人」とは道理の象徴なのだと思う。その「聖人が去る」とは、社会や政治に道理が立たないことを意味しているのだと思う。日寛は「国王の理に背く故」というが、この「国王」とは、まさに政治そのものの象徴であることに誰も異論はあるまい。

 道理が立たない社会を支配しているのは、力であり暴力である。道理が立たない政治に通用しているのは力の論理である。全てがパワーゲームで動かされていく。力の論理とは、まさに権力そのものなのである。この権力をして古い仏教用語で「他化自在天(第六天)」と呼ぶ。他者を自分の思い通りに自在に動かそうとする欲求のことであり、権力欲の権化である。

 クラウゼヴィッツの『戦争論』には「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」(1968、岩波文庫)とあるが、まさに民衆を手段とし、民衆を道具とする政治が戦争なのである。であるからこそ、私たちは政治から目をそらしてはならないのだと思う。ここにおいて戸田城聖氏の「青年は心して政治を監視せよ」という言葉が大きな意味をもってくる。ただし、この言葉は権力の監視にこそ、元意があるのであって、民衆同士の相互監視を説くものではなかろう。権力の所在はどこなのか。そこをはずしてはならないと思う。

 政治に力の論理が居座ると、その延長線上に、かならず、敵を潰せ、敵を排除せよという排除の論理と勇ましいスローガンが横行することになる。その先にあるのが戦争であることは歴史が繰り返し証明して来たことである。そのような力の論理、排除の論理に飲み込まれてはならない。

 では、この権力に打ち勝つものは何か。日蓮はそれを「道理」と説いている。「仏法と申すは道理なり。道理と申すは主に勝つ物なり」(s1384.06,h1179.06,p1169.05)

 道理の立たない世には、どこまでも道理を主張していくのが仏法の精神である。それが私たちの言論であり、日蓮が『立正安国論』で示した粘り強い対話であると思う。

3、「背正帰悪」 …誹謗正法に由る故(日寛)。
   = 民衆に活力を与える法、哲理の排除。

 さて、ここで三点目に挙げるのは、「世皆正に背き、人悉く悪に帰す」ということである。順番からいうと、一番先に挙げるべきことであるが、あえて三番目に持ってきたのは、教条的な理解を避けたいと思ったからである。こういう場合には原理原論から入るよりは、現実の理解から入ったほうがよいと思う。ここで日寛は「誹謗正法に由る故」というが、平和の問題を考えるのに、あまり教条的な解釈は避けたほうがよい。

 これは、私の勝手な見解ではない。日蓮自身が『立正安国論』においては、その正法なるものを「実乗の一善」としか述べていないのである。私は、ここに日蓮の極めて現実主義的な一面をみるのである。

 では、ここでいう「正」とは何か。「悪」とは何か。私は、民衆に活力を与える法を「正」といい、民衆の活力をそぐ法を「悪」というのだと考えたい。この発想に立てば、仮に日蓮の「名」を語ろうと、もし民衆の活力をそぐ方に働くならば、それは「悪」と指弾されてもやむをえないと思う。

 私たちは日蓮を信じてさえいれば「正義」なのではなく、日蓮を信じてさえいれば「平和主義者」なのではない。むしろ、自分が平和に向かって何をしているか。民衆の活力の象徴として自発的に何を行っているかが問われることになろう。自分が所属している教団が何をしているかではなく、自分自身が何をしているかである。

 権力者にとって目覚めて自立した民衆ほど、扱いにくいものはない。だから民衆の自発的な行動に眉をひそめることになる。古来、権力者の座右にあるのは次の言葉である。

 「百姓は知らしむべからず、依らしむべし」
 「百姓は生かさぬよう、殺さぬよう」

 つまりは情報のコントロールであり、民衆の分断である。

 『立正安国論』の上で、同じ事を端的に述べたものとして注意されるのは次の言葉である。「捨・閉・閣・抛の字を置いて、一切衆生の心を薄(おか)す」(s218.03,h242.07,p25.01)と。

 ここにおいて捨てられ、閉じられ、差し置かれ、排除されるのは、先に述べた「民衆に活力を与える法」である。いいかえれば、民衆の指導原理、生活原理であるともいえよう。そういう大切な情報がコントロールされるとしたら、民衆にとってこれほど不幸なことはない。まさに、それは「一切衆生の心を薄(おか)す」であり、民衆の活力、自立力を弱らせることになる。

 日蓮は、その勢力と戦うために道理を立て、対話という戦いの方途を指し示したのであった。日蓮の示した平和への道はここにあるのだと私は思う。いうまでもなく対話とは、決して上下なく、一方通行でない、たゆまぬ一対一の心のふれあい、心の陶冶の連続作業のなかで進行してゆく。

 さあ、今日も、そのために言葉を紡いでゆこう。
 ここに置く一巻の対話篇『立正安国論』
 八月十五日   魯ひと 拝

----☆引用文献☆------------------------------------------------------

『日寛上人文段集』1980年、聖教新聞社刊、56頁。
『戸田城聖全集』1981年、聖教新聞社刊、1巻286頁

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