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祈雨の勝負について 2007/08/08





★からぐらの風 #0029 --------------------------------------2007/08/08
----☆祈雨の勝負について☆--------------------------------------------

 拙著『日蓮自伝考』について、読者の方から
 末木文美士氏の『日蓮入門―現世を撃つ思想』2000年、ちくま新書
についての論及がないことについてご指摘を頂いた。たしかに『日蓮入門』の第二章には「自ら紡ぐ神話――『種種御振舞御書』」という一節が設けられて、『種種御振舞御書』についての懸案が丁寧にまとめられてある。このことに気がつかなかったのは迂闊といえばうかつであった。むしろ、これを引きながら論じた方が、論点を整理できて、もっと読者にわかりやすく自説を展開できたのにと残念に思われる。

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 ただ執筆当時、私の意識のなかには、茂田井教亨・高木豊両氏の立てられた学説が大きな位置を占めており、それをどこまで乗り越えられるかが、私の問題意識としてあったので、より新しい末木文美士氏の御著作まで手が回らなかったということはある。しかし、結果として、『日蓮入門』で指摘されている問題については、細かい角度の違いはあれ、拙著において、十分対応できていると自認したい。

 その上で、なおもう少し論じた方がよいと思われることに関しては、このレターを通じて、順次対応していきたいと思う。また『日蓮入門』の他の章節におけるご提示も同様である。なかには、今執筆中の『日蓮弟子考』において論じたい問題もあるが、臨機応変に対応していきたい。

 ともあれ、今回は、日蓮と良観との祈雨勝負の問題について考えてみたい。この問題について末木氏は次のように述べている。(当該書50頁、51頁)

 「それにしても雨乞いの成否で邪非を決めようなどというのは、よく考えてみれば、いかにも大人気ない話だし、忍性にしてみれば、なんとも迷惑な話だったろう」

 「雨乞いに失敗することはそれほど珍しいことではないだろうし、むしろ雨乞いで雨が降る方こそ、それこそ奇跡であっただろう。成功すれば儲けもので、失敗したからと言って、それによって忍性の高僧としての名声に傷がつくわけでもない。儀礼とは、結果ではなく、儀礼を行ったという事実が意味を持つのだ」

 「日蓮は(中略)雨乞いの失敗はほかならぬ忍性の教えの欺瞞性を明らかにするものと考えたのである。つまり、それがそのまま日蓮の信仰の真理性を証明することを意味するのである。随分無茶な論法だ」

 「日蓮が問うているのは、降っても降らなくてもよいという、暗黙の了解のうちに成り立っていた儀礼のうさん臭さなのだ。日蓮はそれを真正面から問うことによって、うさん臭さの上に成り立っている秩序自体を突き破ってしまう。だからこそ、体制にとってきわめて危険な存在なのだ」

 さて、末木氏の御説について気になるのは、中世における祈雨の実態を正確に把握されておられるのかということと、日蓮の祈雨に対する問題意識を認識なさっているのかということである。

 果たして中世における祈雨は「降っても降らなくてもよいという、暗黙の了解のうちに成り立っていた儀礼」などといえるのだろうか。私の理解ではもっと切実な問題であったように思われる。農民にとっては死活問題であり、支配者にとっても飢饉なれば大変な減収となるし、時には支配者としての命運をも左右したのではないか。だからこそ祈祷僧の人選には神経を尖らせたし、雨を降らせた時の報償は莫大な金品(馬・宝剣・砂金など)が惜し気もなく支払われたのではなかったか。『吾妻鏡』には祈雨の記事は枚挙にいとまがないが、試みに幾つかを挙げ、参照しながら考察してみよう。

承元二(1208)年6月16日
 甲申 快晴 去る月より今に至るまで、一滴の雨も降らず。庶民耕作の術を失う。仍って祈雨の事を鶴ヶ岡の供僧等に仰せらるるの処に、江ノ島に群参し龍穴に祈請す。6月17日 乙酉 寅の刻に甘雨降る。祈請の感応なり。御劔御衣等を宮寺に送り遣わさる。

天福元(1233)年6月25日
 戊戌 晴 炎旱すでに三旬に及ぶ。州民皆西収の儲けを失う。仍って弁の僧正定豪並びに鶴ヶ岡の供僧及び大蔵卿法印良信等に仰せ、祈雨の御祈りを始めらる。
6月27日 庚子 申の刻より亥の四点に至るまで雷鳴甚雨。上綱以下御巻数を捧ぐ。周防の前司親實これを執り進ず。先ず御馬、御劔以て両人の宿坊に送り遣わさる。籐内左衛門の尉、信濃の左近将監御使いたり。

 これらの記事だけでも、その切実さは伝わってくる。このような中で中世の僧侶たちは、その祈祷力、験力が期待されたのであり、逆に験力を示せない僧侶は一人前とはみなされなかったのである。

 だからこそ、ありがたそうな祈祷を、荘厳な祈祷を行える者は尊重された。

1224元仁元年5月15日
 [庚亥 晴]炎旱旬を渉る。仍って祈雨法を始行せらる。所謂百壇の不動供、一宇金輪、水天供、降雨法、仁王観音等の御読経なり。周防の前司親實奉行たり。

 しかして、末木氏が言うように「雨が降る方こそ、それこそ奇跡」ではなかった。雨が降らないといっても日本の国土はモンスーン気候帯にあり、何箇月も雨が降らないという方が珍しい。祈雨の祈祷が行われる時というのは、すでに長期晴天がつづいており、それからだと十日も待てはだいたい雨が降り出すものである。その間祈っておれば祈雨の効験があったということになる。

 だから日蓮は「弘法は三七日すぎて雨をふらしたり。此等は雨ふらさぬがごとし。三七二十一日にふらぬ雨やあるべき」(s981.1,h1069.04,p922.11)と揶揄したのである。

 また末木氏の「失敗したからと言って、それによって忍性の高僧としての名声に傷がつくわけでもない」「降っても降らなくてもよいという」というのは事実でない。祈祷を依頼されて雨を降らせられなかったら、役を降ろされるということも少なくなかったのである。祈祷僧として確実に面子を失ったのである。

仁治元(1240)年6月2日
 乙未 炎旱旬を渉る。祈雨法の事、日来若宮の別当法印に仰せらると雖も、効験無きに依って、今日勝長寿院の法印良信に仰せ付けらる。
仁治元(1240)年6月9日
 壬寅 良信法印祈雨法を奉仕すと雖も、今にその験無し。仍って今日永福寺の別当荘厳房僧都に改めて仰せらる。

 祈雨に敗れた良観が面子を失って讒奏したという日蓮の主張には、それなりに蓋然性がある。

 末木氏「それにしても雨乞いの成否で邪非を決めようなどというのは、よく考えてみれば、いかにも大人気ない話だし、忍性にしてみれば、なんとも迷惑な話だったろう」

 これも中世の僧侶の世界において、中世の常識において、そんなに無茶な話ではない。祈雨の祈祷を引き受ける限りにおいて、降らせられなければ、その能力、その法が問われてしまうのは当然の話である。それが不都合なら祈雨など引き受けるべきではない。祈雨の勝負に応ずるべきではない。勝負に応じたということにおいて、負けた良観には弁解の余地はなかろう。

 私が思うに、日蓮は、祈雨の勝負といっても、それほど大きな賭けをしたとは思わない。なぜなら日蓮は漁師の子である。元来漁師は天候を読む能力に長けている。天候が読めなければ、当時の小船では沖に出ることは危険である。天候によって魚場も異なれば、水揚げも違う。学問としての気象学は無いといっても、ちょっとした自然の観察によって、運気(天候)を読み取る力は現代人より優れていたと思われる。

 末木氏「日蓮は(中略)雨乞いの失敗はほかならぬ忍性の教えの欺瞞性を明らかにするものと考えたのである。つまり、それがそのまま日蓮の信仰の真理性を証明することを意味するのである。随分無茶な論法だ」

 はたして、日蓮は、そのように考えていたのだろうか。祈雨でことは決着すると考えていたのだろうか。これも事実ではあるまい。祈雨の勝負は良観に反省を促すことにこそ意味があったのではなかったか。だからこそ、日蓮は祈雨を「次でに」「小事」「やすき雨」といっている。

 『頼基陳状』に「去ぬる文永八年〈太歳辛未〉六月十八日大旱魃の時、彼の御房祈雨の法を行ひて万民をたすけんと申し付け候由、日蓮聖人聞き給ひて、此れ体は小事なれども、此の次でに日蓮が法験を万人に知らせばやと仰せありて、良観房の所へ仰せつかはす」(s1353.04,h1131.09,p1157.15)

 「一丈の堀を越えざる者二丈三丈の堀を越えてんや。やすき雨をだにふらし給はず。況やかたき往生成仏をや」(s1354.06,h1132.05,p1158.10)

 以上のように、日蓮において祈雨の勝負は揶揄にとどまっている。だからこそ「次いで」と述べたのではなかったか。日蓮が事を決しようとしたのは祈雨の法ではなく、成仏の法であった。日蓮が掲げていたのは験争いではなく、どこまでも『立正安国論』であったし、流罪地の佐渡で論述に精出していたのも『開目抄』『観心本尊抄』という法門書であった。

 日蓮が早くから掲げていた、『唱法華題目抄』の「但し法門をもて邪正をただすべし。利根と通力とにはよるべからず」(s208.07,h233.11,p16.13)は、ここでも守られている。

 以上、末木文美士氏の問題提起に対して魯ひとの考えを述べた。『種種御振舞御書』はさらに丁寧に読まれるべきである。

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