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幼子は佐渡へ行ったか 2007/08/02





★からぐらの風 #0025 --------------------------------------2007/08/02
----☆幼子は佐渡へ行ったか☆------------------------------------------

 興風談所が月毎にウェブで公開しているコラムは、気鋭の学者さんが執筆しているだけに、非常に充実しており、研究者にとって、今では眼が離せない必見のページとなっている。
 今回2007年8月度のコラムは「日妙聖人は幼子を佐渡に連れて行ったか」というタイトルで山上弘道師が執筆している。
  http://www5f.biglobe.ne.jp/~goshosys/colum_ft.html

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 同じ命題を魯ひとが拙著『日蓮自伝考』(310頁)で展開していることもあって、読者から、さっそく連絡があった。山上師の結論は、魯ひととは正反対で、日妙聖人(乙御前の母)は子供を佐渡には伴わなかったとするものである。

 その御所論は、緻密な考証がなされてあり、十分な説得力をもっている。しかし、魯ひととしては、熟読熟考して、なお納得しがたいものがあり、自らの所説をさらに堅持したいと思う。読者の皆さまにおかれては、両説を比較された上で、魯ひとに遠慮せず、公平な眼でご判断をお願いしたい。

 関係御書は、『日妙聖人御書』『乙御前母御書』『乙御前御消息』である。(なお『乙御前母御書』は、紙本の『御書全集』所載のテキストは、刊行年が古いため、一部誤読、脱漏があるので、からぐらデータのテキストを活用されたい。)

 よって、ここで、山上説を魯ひとの視点から検証したいと思う。そのために、山上師の御所論を長文に渡って引用することをお許し願いたい。(以下、引用符号がついている箇所が山上師の御所論である。60字改行とする)

>  まず諸説が「離別すでに久し」といわれるのを、夫との離縁も
> しくは死別と考えている点である。しかしこれは、その前文に
> 「あづくべき父もたのもしからず」とあって、夫は「たのもしか
> ら」ざる状態ではあるものの存在しているのであり、明らかに誤
> 認である。

 ここで、まず注意されるのは「あづくべき」の解釈がなされていないことである。夫に子を預けたのであれば、「あづけし」となる。しかし「あづくべき」とあるのは、預けたくとも預けられない事情があるということになる。この文から日妙が夫に子供を預けたとすることはできない。

 次に「たのもしからず」の解釈である。通常、女性に対して第三者が、いかなる理由があれ、相手の夫を「頼もしくない」とは言わない。それは夫婦関係に立ち入ることになるからである。ここでいう「たのもしからず」はむしろ、その夫が亡くなっている可能性を示唆しているといえる。(幼な子を残して相方が亡くなった場合、まわりが死という言葉を避けて表現するのは自然である)少なくとも山上師とは逆の解釈が成り立つのである。

> そしてそれは、翌文永十年十一月三日に乙御前母、すなわち日妙
> 聖人に宛てた書状『乙御前母御書』に、「なによりも女房のみと
> して、これまで来たりて候ひし事」(『定本』755頁)とあり、
> 「女房の身」であると述べられていることによっても確認される。

「女房の身」を単純に「婦人の立場で」と読むことも可能であり、ひとたび人の妻になった女性を、夫との死別後も「女房の身」と表現することは、在家入道、在家尼が普通であった時代に、特に不自然とは思えない。現代語の「婦人」と近い表現といえるのではなかろうか。

 建治二年の『一谷入道百姓女房御書 (一谷入道御書)』に「鎌倉の尼の還りの用途に歎きし故に、口入(くにゅう)有りし事なげかし」(s995.03,h829.16,p1329.12)という挿話がみえ、この「鎌倉の尼」が日妙である可能性はきわめて高く、佐渡訪問の時、日妙が尼姿であった可能性も否定できない。『日妙聖人』という僧名を授与したことにも、すでに尼姿であった可能性をみることができる。

> 「離別すでに久し」の言葉から、夫との離縁や死別を導き出すこ
> とはできない。
>  では「離別すでに久し」の語はいったい何にかかっているのか。
> それは直接的には本文冒頭に見られる「一の幼子」である。
> つまり宗祖は、日妙聖人が遠くこの佐渡まで訪れたことによって、
> 最愛の幼子と離別して久しいことを慮っておられるのである。

 「而れども一の幼子あり。あづくべき父もたのもしからず。離別すでに久し」
この文は、「幼子」「父」とあるように、「幼子」が主格であろう。「幼子」にとって「父」は「たのもしからず」であり、「幼子」にとって、父は「離別すでに久し」と読むのが自然な文章の解釈ではないだろうか。

 もし、ここの主格が日妙ならば「あづくべき夫もたのもしからず」となろう。したがって山上師の解釈、結論には無理がある。

> もちろん幼子のみならず、その子と共に留守を守る頼もしからざ
> る夫のことも、念頭に置かれていたであろう。

 普通、母親というものは(少なくとも私の知る限り)、自らが頼もしくないと判断した男のもとに、子供を預けていくようなことはしない。まして、佐渡の日蓮のもとに赴いたのは自らの宗教的な感情であり、食えないからではない。そういう理由のもとでは、子供を連れて行くという判断は、女性にとってごく自然なことである。

> 夫が頼もしからざる理由はここには記されていないが、建治元年
> 八月四日状『乙御前御消息』には、「女人は夫を魂とす。夫なけ
> れば女人魂なし。此の世に夫ある女人すら、世の中渡りがたふみ
> えて候に、魂もなくして世を渡らせ給ふが、魂ある女人にもすぐ
> れて心中かひがひしくおはする上、神にも心を入れ、仏をもあが
> めさせ給へば、人に勝れておはする女人なり。」(『定本』1097
> 頁)とあって、少なくともその三年後には亡くなっており

 ここで「三年後」なる年限に意味はない。「少なくともその三年後」が成立しても、それ以前、佐渡訪問時に夫が生きていることの証明にはならない。

> (本状には乙御前母が再嫁する場合の心構えについて述べられて
> いるので、死亡は本状直前とは思われない)、あるいは病に伏し
> ていたのではなかろうか。

 夫が病床でいる夫人に再嫁の心構えを説く無神経な人はいない。そういう意味で、ここの文意は魯ひとには分かりづらい。誤解があればご寛恕を請う。

 以上、山上師のご所論への魯ひとの反論とする。山上師は魯ひとの所論にはまったく触れておられないが、この命題に関しては、魯ひとが先に見解を提示しているのであり、反論は許されると思う。魯ひとは無名の非学者に過ぎないが、愚説への一瞥を切に請うものである。

----☆魯ひとの著作☆--------------------------------------------------

 なお、山中講一郎著『日蓮自伝考』2006年、水声社刊
その前の山中講一郎著『日蓮伝再考』2004年、平安出版刊は

 版元にも、著者の手元にも、まだまだ在庫がございます。
 この際、ぜひ、ご購読願えればありがたく思います。
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