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日若御前 2007/06/24





★からぐらの風 #0013 --------------------------------------2007/06/24
----☆日若御前☆------------------------------------------------------

 子どもの名前に関する前回の疑問に対する続き。子どもの名づけといえば、日蓮が南条時光の次男に名づけた例がある。「上野殿御返事」(日若御前誕生事)である。この書は真蹟こそ伝わらないものの、日興の写本があり信憑性は極めて高い。とすれば、思索はもう一度振り出しに戻ることになる。思索は時に迷走し、行きつ戻りつする。それが思索と研鑽の現場である。

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 ただ四条金吾篇の例の四つの御書への疑問は解消したわけではない。女の子の名前を出すのはやはり不審ではある。また、この南条時光宛ての御書では、冒頭に「女子は門をひらく・男子は家をつぐ・日本国を知つても子なくば誰にか・つがすべき、財を大千にみてても子なくば誰にかゆづるべき」(s1791.03,h1494.10,p1566.05)とあり、女子も子としてかけがえのない財と位置づけている。これをもっても「四条金吾殿御返事」(不可惜所領事)の「とのは子なし」を男子がいない意味だとする説は通らない。

 さらに、ここで新たな不審点にぶつかってしまう。「日若」は確かに男の子の名前であり、時光の次男の幼名として問題はない。しかし、なぜ「日若御前」として女の子のような表記にしているのであろうか。古来、邪鬼の眼をごまかすために、男の子を女の子のように扱う例(その逆の例も)も、この国には習慣としてある。その例に倣ったのであろうか。いずれにせよ、子どもの名を文に載せる場合には、色々と神経を使わなければならない社会通念があったことを窺わせるに十分な表記となっている。

 もちろん、法華経の行者日蓮が名付け親で法華経十羅刹女の守護が強いとあれば、その子の親としても、何の不安もなかったであろう。しかし、それでも社会通念を無視することはできず、それへの配慮は必要である。

 いま、日蓮が未成年者のために認めたお守り御本尊が真蹟として何体か残っている。それをみると対象者への強い気遣いが窺われる。例としては、建治二年八月の富木常忍の主君千葉頼胤の三人の子ども、亀弥・亀若・亀姫へのもの(本尊番号38,39,40)。通常の授与書は左下に書かれているが、この三点は日蓮の花押の中に書き込まれるという気遣いがなされている。(なお、ここに女の子の名前が見えるが、御本尊の授与書であれば何の不審もない)

 やはり、子は宝。日蓮には名前ひとつにも、おろそかにしない配慮がある。

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