日蓮自伝考

――人、そしてこころざし――

日蓮自伝考 日蓮自伝考
オビのコピーライト

<背>

等身大で現代に蘇る、真実の日蓮の姿――。

<表>

「法華経の行者とは誰か」。
法を問い、生き方を問い、
激動の世を生き抜いた
或る者の生涯が今、
現代の知の光炎に照射され、
深遠より鮮やかに浮かび上がる。
日蓮自身の筆によると言われる
「種種御振舞御書」。
偽書説を覆す精緻な分析の中に、
激動する日蓮の、
真の鼓動が響き渡る。


<販促用コピー>

市井の研究者が機を決して放つ、渾身のテキスト。
日蓮研究に必読の一冊。




水声社から4月20日に発刊されました。
四六版 約400ページ 定価2,940円(税込み)

全国有名書店の他、アマゾンやクロネコヤマトのブックサービスからも入手できます。


ある出版社の評

 『日蓮自伝考』を拝読しました。日蓮に対するその凛とした著者の志が本作品にまざまざと表れ、重厚かつ繊細な作品であることに皆の意見が一致しました。

 宗教家に関する論文は、言うまでもなく専門書として確固たる地位を築いていますが、それだからこそ類似書との差別化、区別化の意義が重要視されます。また、本作品のテーマででもある日蓮ほどのビックネームになると、必然的にその比重があがっていきます。

 しかし、本作品はその懸念をひらりと払拭させる底力がありました。その要素としましては、プロローグで断言しているように、日蓮の人間性を立体的に捉え、それを実に詳細に説明することに成功しているということです。

 偉大なる宗教家として、各学者たちの都合のよい美意識に固まってしまった平面的な人物像から逸脱させたすばらしい作品であることは間違いありません。

 文体はいたってスタンダード、複文に頼らず単文、または重文で文章をまとめているので、スムーズに読者の理解をえることができます。論文というジャンルは、どうしても作者の独りよがりになってしまうきらいがあるのですが、あくまでも読者を意識した文体で作品を作り上げているところは、作者の出版経験が効いているように見えました。

 また、数あるトピックの中で面白く映ったのは「童子」のエピソードです。ミステリアスな要素をじわじわと紐解いていき、読者の興味・関心を煽るところは秀逸でした。

 印象的であったのは、日蓮のと弟子とのユーモラスで人情味あふれる関係性を、実に冷静にかつ理論的に説明できていることです。そこから見える日蓮の懐の広さ、人間味溢れる感受性は、後半部にかけてじわじわと膨らませていることに、好感を持ちました。

 本作品の魅力は作者が要所で言っているように、「仏教」という非常に壮大なテーマをただ迎合し、ご拝聴モードになるのではなく、あくまで自分の目を見開いてそれに対峙するということ自体が、深い意義のある作品に仕上がっているということは間違いありません。

 「釈尊のイメージを払拭し、仏をもとの凡夫に引き戻すことを意図して説かれたのが法華経であったとおもう。しかし(中略)それもやむを得なかった」というエピローグは非常に印象的であり、作者の人柄、人間性を彷彿とさせる一文であると考えます。

 これほどのすばらしい作品を出版することが、どれほど意義のあることか。まずは多くの人々の目に触れてもらうことに大きな期待を持ちます。


『日蓮自伝考』 もくじ


□ はじめに
□ 【凡例】

□ 序の章 日蓮伝と「御振舞抄」

一、自伝としての「御振舞抄」
二、直弟子による伝記は存在したか
三、物語風に自己を語った日蓮
四、「御振舞抄」の成り立ち
五、「御振舞抄」の対告衆および執筆年次
六、「御振舞抄」の偽書説について
【注記】

□ 第一章 「立正安国論」とこころ

一、「立正安国論」と白楽天
二、賞罰と十一通御書
三、自らの存在基盤を見失った鎌倉幕府
四、迫害と門下の育成
【注記】

□ 第二章 弟子への呼びかけ

一、受難の喜びと殉教
二、法華経の行者と五義
三、信仰者の生き方を問う受難の時
四、師弟に共有されるロマン
【注記】

□ 第三章 「侍所」でのたたかい

一、日蓮とテロル
二、十二日「侍所」で述べたこと
三、自界叛逆の道理
【注記】

□ 第四章 草庵を襲うあらし

一、文永八年九月十二日
二、法華経第五の巻と少輔房
三、平頼綱に言い聞かせたこと
四、良観の祈雨失敗
【注記】

□ 第五章 八幡への諫暁

一、市中引き回し
二、八幡諌暁の意味するもの
三、諸天善神の誓状
四、天照太神・正八幡
【注記】

□ 第六章 竜口であったこと

一、四条金吾と熊王について
二、法華経身読の歓喜
三、頸の座と光り物
四、日進「日蓮聖人御弘通次第」について
五、「光り物」を語る文の検討(A)
六、奇跡を語る問題点(B)
七、「光り物」へのアプローチ(C)
八、発迹顕本ということ(D)
九、依智の本間邸と酒
十、「依智滞在御書」について
【注記】

□ 第七章 依智の星下り

一、鎌倉よりの立文と北条宣時
二、依智の星下り
三、時宗邸での騒ぎ
四、大学三郎と陰陽師について
五、土牢の人々
【注記】

□ 第八章 佐渡塚原に立つ

一、塚原の堂と阿仏房
二、日蓮と不軽菩薩
三、三障四魔のとらえ方
四、仏法と「難」
五、「第一の善知識 」
【注記】

□ 第九章 五義と十如是

一、日蓮と天台の相違
二、五義の提示
三、五義の依文
四、法華経の行者の視点
五、十如是と五義の関係
六、十如是と五義の対照
七、本末究竟等と「教法流布の先後」
八、五義と教判
九、小結
【注記】

□ 第十章 塚原での問答

一、佐渡での生活
二、佐渡の念仏者たちの謀議
三、塚原問答の発端
四、問答に集まった念仏者たち
五、問答の緒戦
六、問答の実態
七、祖師の現証を責める
八、本間氏への謎かけ
【注記】

□ 第十一章 「開目抄」のこころ

一、「開目抄」執筆と「御振舞抄」
二、四条金吾と「同生同名御書」系年考
三、「開目抄」の論理構造
四、法華経の行者のさらなる展開
五、「観心本尊抄」との関係
六、「平左衛門既に日本の柱をたをしぬ」
七、二月騒動
八、本間重連の帰依と本間氏の主従関係
九、日蓮と天照・正八幡
十、「聖人御難事」冒頭の一文について
十一、「御振舞抄」の系年への視点
十二、「日蓮がひかうればこそ」
十三、予言的中と人々の反応
【注記】

□ 第十二章 佐渡の人々

一、受難を乗り越えた佐渡の人々
二、日妙尼のこと
三、四条金吾と佐渡
四、北条宣時の偽教書
五、見逃されてきた「佐渡法難」
六、三大秘法の説かれ方
七、赦免状到着と佐渡からの帰還
八、帰還の道中
【注記】

□ 第十三章 「鎌倉へ打ち入りぬ」

一、平左衛門尉に見参
二、「還著於本人」
三、「入道殿事にあひ給いぬ」
四、阿弥陀堂法印の祈雨
五、弟子たちの不信と師匠の眼
六、悪風の現証
【注記】

□ 第十四章 弟子たちに問う

一、身延に入る
二、蒙古の襲来
三、「一定悪比丘のあるなり」
四、日蓮と持経者のちがい
五、隠された現証
六、総罰ということ
七、誰が法華経の行者なのか
八、「法華経の行者をそしりしゆへに」 
【注記】

□ 第十五章 結びの章

一、悲哀と第六天の魔王
二、身延の草庵
【注記】

□ あとがき

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